• ※behind, beside

     切っ掛けがよくわからないまま始まる、ということは日常でままあることかもしれない。例えば、それが『恋愛』の類であれば、切っ掛けがはっきりしていることの方がむしろ珍しいかもしれない。 しかし、この場合は。 エースは、入り江に入ってすぐにその姿…

  • ※仮想人

     今ここに立つまでは、たくさんしたいことがある気がしていた。 でも、不思議。 いざとなるととっておきの何かが浮かんでこない。  とびきり美味しいものを食べるとか、一度着てみたかった雰囲気たっぷりの服を着るとか、熱い砂浜を海まで走るとか、憧れ…

  • かくれんぼ

     なんて賑やかな春。 柔らかな光にまだ初夏の眩しさは少し遠く、それでも梢を1本1本見上げると自然と目が細くなる。 「エ~ス~!どこだぁ?」 大きな大きなルフィの声が木々の下に座る様々な人たちをつかの間、圧倒した。ふふ、かくれんぼでもしてるの…

  • ゆ・び・き・り

     覚えている。 まだ何にも知らなかった幼い頃。人間というよりも何かほかの生き物みたいに大人たちを戸惑わせていた『無口な幼児』時代。 いや、幼児というよりも多分、赤ん坊時代をちょっと脱したくらいだったはずのわたし。 わたしはとにかく人に懐かな…

  • 雨音ワルツ

     早く帰りたいのにな。 空はまだ暗くて雲が重たげに固まっている。ダメだ。まだまだ降りそうだ。 いっそずぶ濡れになってもいいからロードの駅まで走ろうか。 ああ、ダメだ。わたしが今抱えているのはエースとルフィが大好きなパン屋さんの大きな袋。これ…

  • 洗濯日和

     ガラス戸を通してルーフバルコニーに目を向けると、さっき干した洗濯物が風を受けて翻り出しているのが見えた。 日に日に高くなっていくように感じる青い空と、そこにパステルでモクモク描かれたような白い雲。それから、揺れてたなびく白いシャツ。わたし…

  • night cruise

     星を見たいね。 フーシャ村で毎晩見てたみたいな空いっぱいの星。 この街は夜もいろんな色の灯りでいっぱいだ けど、こうやって屋上に出ても星はほとんど見えないね。 大きなプラネタリウムはあるけど、あれも違う。 本当の星の色や瞬きじゃない。  …

  • sand castle

     眩しく輝く太陽の下、海は蒼く、浜の砂は熱い。 エースは1人、パラソルの下に座りながら目を細めた。 燃え上がる太陽にも負けないほど 赤くて長い髪。すんなりと伸びた華奢な手足。 それから。 思わず視線を逸らしたエースは眩しげにさらに目を細くし…

  • 凛花

     自分の目が見ているものが信じられない、とか、一瞬理解できない、という現象をものすごく実感しながら体験した。同時に、実は見てはいけないものを見ているんじゃないかという思いが湧いて、反射的に身体を縮めた。 どうしよう。エースに待ち合わせ場所変…

  • 探花行

     どこに、あるかな。 とびっきりの花を探そうと思った。 明日は新年最初の日。でも、それよりもエースの誕生日であることのほうが、大切。 夜にはきっとまたみんなでパレードを見に出かけることになるから、昼間のうちに見つけておこう。エースにぴったり…

  • 喧嘩

    「あのなァ、今はやめとけ、サンジ。今はまずいんだ」「はァ?何が」「喧嘩中なんだ、エースとサクヤ。だから、ほっとかなきゃいけねェんだ」「ああ…喧嘩するのか、あの2人でも」「滅多にしねェ。だから、はじまったらとことんやらせてやるんだってシャンク…

  • 靴の音

     この街に来てまだ1週間も経たない頃だったと思う。 引越しについて来ていたベンとヤソップが自分達の場所に戻ると言うので、ロードを乗り継いでステーションまで送った。まだロードに乗るのは数回目のわたしたちは楽しく一騒ぎしながら街の大きさに感嘆と…

  • 背中文字

    「ほんと、いい男だよね、エースって。あたし、大好きで困っちまう!」 心臓がドキンと大きく鳴った。 早朝の光が眩しい中のいつものパン屋、いつもの時間。 顔馴染みの気のいい店員。「そりゃあよ、エースはすげぇもんな!まだ、俺、勝ったことねぇし」 …

  • Valentine’s day

     「絶対、俺から離れるな、 サクヤ」 エースの頬を流れた一筋の血が雫になってコンクリートの床に落ちた。「お前には指一本触らせねぇ。守りきれないなら兄貴やってる意味なんてねぇからな」 駄目だよ、エース。 エースが身体に受けた傷は全部、後ろのわ…

  • 冬っぽい5つの言葉

    ◆◆タイトル こたつ◆◆「…こたつ?」「そうなんだよ、サクヤ!テーブルんとこに座るとよ、布団があって中がすっげぇあったけぇ~んだよ。あれはいいぜ~!だからよ、ちょっと作ってみねぇか?」「でも、ルフィ…ああ、そっか。床暖房の上にテーブルを置け…

  • 秋宵

     夕方になると風が冷たくなってきた。 いつの間に季節が変わっていたのだろう。不思議だった。 ルフィとナミと一緒に海へ行って大騒ぎした夏。まだボディガードの役目から開放されないゾロとサンジ君も一緒だったから、予想以上の賑やかさだった。良かった…

  • 星想

     ふぅ、今年は間に合った 戻れるかどうか途中まで結構ギリギリって感じだったんだぜ いや、もう、むっちゃくちゃ駆けづり回った 悪い、まずちょっと寝させてくれ 起きたら何でもするからな 今年は料理人がいてくれていいなぁ 力自慢の荷物持ちもいてく…

  • rainy day

     雨が降り続いていた。 最初の日は珍しさに喜んで外ではしゃぎ回っていたこいつらも、今日はおとなしい。 サクヤはいい。 元々、本さえ読んでればしあわせそうにしてる。 雨の中で蛙とりをしてたのは、実はルフィにつきあってやってたんだよな。 ま、水…

  • 憧憬

     一緒に大きなスクリーンの映画を観て 大好きなカフェでお茶を飲みながらゆっくりした時間を感じて 口元が思わずほころんでしまうくらいおいしいご飯を食べて そんな憧れがなんだか唐突に強くなってしまった。 馬鹿だな、と思う。 原因はエースのジャケ…

  • ためらいの溜息

     紅茶を淹れようかな、と思って立ち上がった拍子に溜息が出てしまった。 大丈夫、誰もいない。 賑やかなお花見が終わった後、ルフィはナミを送っていったし、ゾロとサンジ君もわたしを送り届けてくれてすぐに帰った。サンジ君が豪華なお花見弁当を 作って…

  • 影追いの夕暮れ

     夏という季節を全身で受け止めたくなった。 たまたまレポート作成に追われる日々が続いていたから、夏の空気を感じるのが朝、洗濯物を干す時と、午後のそれを取り込む時だけになっていた。こんなのは何か、変。思った私の心の中を、風が通り抜けた気がした…

  • 星の瞬き

     そのカーテンはものすごくたっぷりと布を使っていた。これまで窓に下げていたものはエースが破れたシーツの端切れや何かをザクザクと縫い合わせたものだったから、四角くてちょうど窓ぴったりのサイズだった。そのカーテンを破いてしまったのはルフィとサク…

  • あの夏の追憶

     この街の空は遠い。春も夏も秋も冬も。それでも違いを感じる時はあって、今、何となく先週までとは違う気がしてベランダから空を見上げていた。季節が変わったと感じたのはわたしだけじゃなくて、ルフィも今朝は牛乳を温めてから飲んで学校へと飛び出して行…

  • 雪上の足跡

     眩しくて今この目で見ることはできないけれど、太陽はあそこにある。 白く夏空に浮かぶ薄い雲のすぐ向こう。 この熱い空気の原因になっているのがあの太陽だけれど、わたしは少しホッとしている。夏は妙に涼しいよりもやはり暑いほうがいい。暑い暑いと言…

  •  寝汗が気になって次に目を覚ますと、身体が軽くなった気がした。 熱は下がったみたいだ。 見ると、エースはベッドに両足を乗せて椅子に深く沈みこんだまま、まだぐっすりと眠っていた。 シャワーを浴びてしまおう。 着替えのパジャマと下着を出してそっ…

  • いたずら

     村があるのは暖かな気候の地域だったから、滅多に雪が降ることはなかった。 だから、子供たちは憧れた。 真っ白な雪の中で大きな雪ダルマを作ってみたい。何日も降り注ぐ日差しに勝って立ちつづけるくらい大きな。「さむいのにな~」 窓ガラスにはりつく…

  • 小さな足跡

     朝の光がやわらかく変化し始めた頃。 泣いたことがバレないように念入りに洗顔した。唇の腫れは大分ひいていて、さすが口の怪我だとホッとした。 なんだかぼんやりとした気分で部屋を出て、居間に入るとキッチンコーナーの方向にコーヒーと卵が混ざった熱…

  • 三時のお茶会

     ティーポットに紅茶の葉をサラサラと流し込む。 銀色の小さなサーバーの上を流れる感覚が好きだから、ついつい量が多めになってしまう。 熱いお湯を注ぐと一気に香りが立ち上り、それが逃げてしまわないようにいそいで蓋をする。 三時のお茶。 いつから…