剣豪&料理人&隣人

  • 春宴

     サンジは花見が好きだ・・・というと誤解を招くかもしれないが、たわわな花枝の下で騒ぐのが好きなわけではない。『花見宴会』はむしろ苦手だ・・・というと不思議に思う人間もいるかもしれない。美味い料理と酒が主役の宴ならいかにも彼が好むところではな…

  • 花寂

    「張り切るつもりだったのになァ・・・・・お花見弁当」 一人呟いたサンジは満開の梢を見上げた。 誰が悪いのでもない。早上がりのはずが夜番の終わりまでバラティエにいることになったのは、急な団体客の予約が入ったことと、日々頑張っていたコック1名が…

  • 睡夢

    「・・・・ん?」 階段を上がり通路を曲がった途端、数メートルおきに設置されている照明の灯りの中にひとつの光景を見たゾロは、一旦足を止め、目を細めた。 恐らく、彼の部屋のドアの前に膝を抱えて座り込んでいるように見える華奢な姿・・・・・しかも、…

  • 目撃者

     猫は自由気儘な生き物だとよく言われる。気が向いたことしかしないとか、家族の中では自分が一番であると認識しているとか、いやそもそも順番付けなどに興味を持つはずのない独立した存在だといえるかもしれない。 とすると。自分は一体ここで、今、何をし…

  • water

     ヨーホー ヨーホー 喉の奥から口を通って飛び出した歌はなぜか海賊の歌らしきものだった。 おっかしいな、なんでだろ。 そう言えば、ガキの頃に海賊に憧れたこととかあったっけ?大海原を自由に渡って目指すのは海のありとあらゆる魚や貝が集っている伝…

  • one day

     朝、腹の下のあったかさに満足しながら目覚める。 上下するゾロの腹。このリズムは眠るのにとてもいい。初めてあった日からずっと気に入ってる寝床。この上で眠っているうちにいつの間にか大人になった。 自分だったら、と考えると腹をこんな風に晒して眠…

  • 冬っぽい5つの言葉

    ◆◆タイトル こたつ◆◆「やっぱりよ、お前の部屋が一番似合うな、こたつ。薄暗いと妙に落ち着く」「どういう理屈だ、それは。大体、似合うっつうより、お前のとこにもアキのとこにも置けなかったってのが正しいだろうが」(アキ、頬を赤くする)「いや、ア…

  • 錦繍

     よし・・・目を開けろ シールドの外の風の音、エンジンの音。その中に混じったゾロの声が聞こえた。 こんな風にドキドキするのは初めてかもしれない。 アキはゆっくりと目を開けた。 眼前に広がる鮮烈な色の重なりに息を呑んだ。 色葉散る。 しっとり…

  • 波折

    「・・・・これ、落ちてたぞ」「え・・・?って、うわ!ちょっと待て!見たのか、てめェ?ちょっと待て~!」 ぽつりとした呟きとそれに続く絶叫。それは眠りから覚めたばかりの隣人の頭から一気に眠気を吹き飛ばすものだった。    もしもの話     …

  • 雨垂れ

     夜の雨は嫌いだから毛布を身体に巻きつける。 寒くはない。肌を包む湿度が不快なほどで本当は蒸し暑いと感じなければいけないはずだ。 けれど身体の震えが止まらない。 止まらないから両腕を回してしっかりと自分の身体を抱きしめる。 呼吸することを忘…

  •  ソファベッド、床のカーペットを覆い隠している積まれた本の列、壁際を占領しているデスクの上のPCを代表とする無機質なハードたち。 スイッチを押せば白いスクリーンが下りる。 コルクボードには書いた本人にだけ意味がわかるアルファベットと数字の羅…

  • 雪片

    「こら、フレーク!また落ちるぞ、お前!」 カーテンレールの上に陣取ってご満悦の一匹の子猫。当の本人は尻尾をひらひらさせながら普段は自分よりも大きい3人を見下ろして目を輝かせているのだが、その小さな姿を見上げて声を掛けているのがサンジだった。…

  • 礼奏

     こういう風にこういう場所で。 弾くことを思ってみたことがない訳じゃない。 聴く人間は誰もいなくていい。 距離が離れたどこかの場所でまっすぐに前を見ているあいつに向けて。 多分、自分が送りたいと思う気持ちを言葉よりもうまく出せる。 それだけ…

  • 手を繋いで

    サンジは自分の手を眺めていた。上向けた手の平、5本の指、どうやら器用らしい指先。この手は料理人の命であり、これからまだ未知の食材と料理に出会うためにここにある。 そのためだけに。 ふぅっとひとつ、息を吐いた。「サンジ君?」 サンジの隣りで…

  • 夕陽と下り坂

     しかた、ねェよな。 坂の下でサンジは意志の力で動かしてきた足を止めた。 誰のせいとか、何が悪かったとか。そんなものがあるわけでもない。 崇拝する気持ちは少しも変わらない。 大切にしたい気持ちも変わらない。 互いに見せたい自分を見せ合い、互…

  • 木漏れ日の午後

     弓を置いた手を静かに彼を見つめる姿に近づけた。 『恋人』というにはまだ不慣れな間柄。 友人というには割り切れない甘美が存在する。 偶然に縁を深めた隣人どうし、という二人のはじまりが今なお最も違和感がない。 瞳の中に恐怖はないか。 確かめな…

  • 夜はお静かに

    「いい月夜だから海でも見てろ。ちょっとマリエさんを送って戻ってくるからよ。それからがまたお楽しみだから」  夜が更けはじめたバラティエ。  散会時の慌しさと名残惜しさの華やぎの中、何となく人の流れに巻き込まれないように離れて立っていたゾロと…

  • 真夏の夢

     携帯電話を耳にあてたサンジの身体が瞬間的にこわばった。 見知らぬ男の声がボツリと言葉を吐いた。「『アホコック』か?」 ただ単に当たり前のことを確認するように。 しかもその声の主が使っているのはゾロの携帯電話のはずで。 いや、そんなことより…

  • 洋酒

     ・・・・・ 等速直線運動 ヴィエナ・マッセ 扇風機 狐火 ビスキュイ 犬 ぬんちゃく クレープシュゼット「『と』・・・・・?」 ゾロは思わず頭を掻き毟った。右手に持っていたグラスをテーブルに置くと左手の中の携帯電話を持ち直し、眉間に皺を寄…

  • 青い薔薇

    a blue rose青い薔薇花開く時、それは明るい陽光の元よりもむしろ月の光の下の方が似合うかもしれない。香りは最初は控えめに感じられるが次第に嗅覚に忍び込んで占領し、人の心を魅惑してやまないだろう。糸車のつむに指を刺された姫が眠りに落ち…

  • 手品師

    「それだけあんたがなりきってたってことなんだから、逆に喜んでみることにしたらいいんじゃねぇ?」 慰める風を装って実は面白がっているような、あるいはその反対のようなエースの声にもアキの顔には疲労感だけがあった。「名刺、何枚もらった?」「・・…

  • メトロノーム

    カチ、カチと繰り返される音は思ったよりも柔らかく、左右に振れる金色の振り子のゆっくりとした動きはいつまででも見ていられそうな錯覚を生む。巻いたぜんまいが緩み終わるまでの一刻。 部屋の雰囲気もこの錯覚に一役買っている。アキは立ち膝で肘をのせ…

  • 6ポンド

     明々とした黄色い地に風にそよぐ黄金色の穂が描かれたその袋はとても目立っていた。(ふわ・・・・・・・) アキは壁際に並んだ3段の長々と水平な棚を先ず上から順番に眺め、次に右から左へ眺めた。袋、袋、それから袋。1種類につき数袋ずつ並べられた袋…

  • 砂時計

     ゆで卵。最も簡単な卵料理。うまく半熟にすると楽しみ方が増える。 アキはソファベッドの上で身を起こして大きく腕を伸ばした。。 どんな夢だったかは忘れたがゆで卵を食べたいという気持ちだけは覚えていた。アキはぼんやりとした頭のまま裸足でキッチン…

  • 絵のない絵本

     壁の向こうから低い音が聞こえてきた。やけに響いた。 ゾロは素振りをやめた。(何やってんだ、あいつ・・・・・?) 部屋の間の厚い壁は極めて防音効果が高い。つまりあれだけ音が聞こえたということは隣りの部屋で何か普通ではないことが起こった可能性…

  • 迷い人

     部屋の前まで来てドアと向き合ってから。アキはジャケットのポケットを探った。それからポーチの中を、そしてありえないと思いながらもジーンズの尻ポケットを。 鍵はどこにもなかった。 ドアの向こうには合鍵がある。窓辺の小型のチェストにみっしりと集…