文章

銀風

 その街には見た目も声の豊かさも船大工としての腕前も、すべてを備えた男がいるのだという。そう、あの海列車を造り上げた大工たちの1人でもある。 そしてその男にも陰の中でもがいた日々があったのだという。 そういう男が相手だからこそ、少女が心も身…

沐浴

 今にもまどろみはじめそうなわずかに陶酔の表情を浮かべた少女の白い身体をルッチは無言のまま瞳に映していた。彼の持つ審美眼から見れば細い身体にはまだまだ硬さが残り、身体を重ねている最中にさえふと性別を忘れる時があった。溢れそうになる声を、身体…

※behind, beside

 切っ掛けがよくわからないまま始まる、ということは日常でままあることかもしれない。例えば、それが『恋愛』の類であれば、切っ掛けがはっきりしていることの方がむしろ珍しいかもしれない。 しかし、この場合は。 エースは、入り江に入ってすぐにその姿…

※仮想人

 今ここに立つまでは、たくさんしたいことがある気がしていた。 でも、不思議。 いざとなるととっておきの何かが浮かんでこない。  とびきり美味しいものを食べるとか、一度着てみたかった雰囲気たっぷりの服を着るとか、熱い砂浜を海まで走るとか、憧れ…

かくれんぼ

 なんて賑やかな春。 柔らかな光にまだ初夏の眩しさは少し遠く、それでも梢を1本1本見上げると自然と目が細くなる。 「エ~ス~!どこだぁ?」 大きな大きなルフィの声が木々の下に座る様々な人たちをつかの間、圧倒した。ふふ、かくれんぼでもしてるの…

ゆ・び・き・り

 覚えている。 まだ何にも知らなかった幼い頃。人間というよりも何かほかの生き物みたいに大人たちを戸惑わせていた『無口な幼児』時代。 いや、幼児というよりも多分、赤ん坊時代をちょっと脱したくらいだったはずのわたし。 わたしはとにかく人に懐かな…

雨音ワルツ

 早く帰りたいのにな。 空はまだ暗くて雲が重たげに固まっている。ダメだ。まだまだ降りそうだ。 いっそずぶ濡れになってもいいからロードの駅まで走ろうか。 ああ、ダメだ。わたしが今抱えているのはエースとルフィが大好きなパン屋さんの大きな袋。これ…

洗濯日和

 ガラス戸を通してルーフバルコニーに目を向けると、さっき干した洗濯物が風を受けて翻り出しているのが見えた。 日に日に高くなっていくように感じる青い空と、そこにパステルでモクモク描かれたような白い雲。それから、揺れてたなびく白いシャツ。わたし…

night cruise

 星を見たいね。 フーシャ村で毎晩見てたみたいな空いっぱいの星。 この街は夜もいろんな色の灯りでいっぱいだ けど、こうやって屋上に出ても星はほとんど見えないね。 大きなプラネタリウムはあるけど、あれも違う。 本当の星の色や瞬きじゃない。  …

sand castle

 眩しく輝く太陽の下、海は蒼く、浜の砂は熱い。 エースは1人、パラソルの下に座りながら目を細めた。 燃え上がる太陽にも負けないほど 赤くて長い髪。すんなりと伸びた華奢な手足。 それから。 思わず視線を逸らしたエースは眩しげにさらに目を細くし…

凛花

 自分の目が見ているものが信じられない、とか、一瞬理解できない、という現象をものすごく実感しながら体験した。同時に、実は見てはいけないものを見ているんじゃないかという思いが湧いて、反射的に身体を縮めた。 どうしよう。エースに待ち合わせ場所変…

探花行

 どこに、あるかな。 とびっきりの花を探そうと思った。 明日は新年最初の日。でも、それよりもエースの誕生日であることのほうが、大切。 夜にはきっとまたみんなでパレードを見に出かけることになるから、昼間のうちに見つけておこう。エースにぴったり…