6ポンド

 明々とした黄色い地に風にそよぐ黄金色の穂が描かれたその袋はとても目立っていた。
(ふわ・・・・・・・)
 アキは壁際に並んだ3段の長々と水平な棚を先ず上から順番に眺め、次に右から左へ眺めた。
袋、袋、それから袋。1種類につき数袋ずつ並べられた袋の数は合計するとどのくらいになるのだろう。
「これこれ、これが今一番気に入ってる粉なんだ」
 嬉しそうに言いながらサンジが迷わず持ち上げたのがその黄色い袋だった。
「これが全部小麦粉・・・」
 圧倒されて呟くアキを見てサンジの顔がくしゃっと大きく笑みに崩れた。
「なかなかすごい眺めだろ?さて、これでとびきり旨いパンを食べさせてあげられる」
 こんな風に笑うサンジは小さな男の子みたいだとアキは思う。ほとんど残っていないかすかな記憶を揺さぶられる気がする表情だ。
黄色い袋が目立っていたのはその鮮やかな色のためだけではないことがアキの興味をひいていた。他のものに比べると大きくもあり小さくもあるそのサイズ。つまり、中くらいでワンサイズのその大きさと同じものが他には見あたらなかったのだ。ひとつ引っ張り出して抱えてみると腕の中で重すぎず軽すぎず、「手頃」というのはこういう感じなのかと思えるおさまり具合だった。
「これはさ、6ポンド袋なんだ。他は大抵1㎏か10㎏の2種類だから、パッと見てわかりやすいだろ?あ、6ポンドは大体2.7㎏ね」
(ふむ)
 アキは少し袋を上下して改めて重さを感じ取った。2.7㎏。たしか赤ん坊の出生時の体重がこのくらいなのだと読んだことがある。あたたかな重さ。

 サンジは小麦粉と一緒に買った食材が入った紙袋を小脇に抱えた。
 水曜日の昼下がり。サンジは久しぶりに丸1日の休日で、アキは2日前に一仕事終わった開放感がまだ続いていた。鮮やかになってきた緑の中の散歩を楽しもうと家を出てきたアキにサンジが追いついた感じでそのまま2人でぶらぶらと少しはなれた商店街までやって来た。あたたかだった陽光が今は暑いくらいに照りはじめ、すぐそこにある夏を感じられる。今日の2人の服装も、サンジは鮮やかなブルーのサマーセーターに淡いベージュのハーフパンツ、アキはシンプルこの上ない形の半袖ワンピースだ。
「にしてもクソ暑くなってきたな~。帰る前にどこかで冷たいモンでも・・」
 サンジが言いかけたときアキの足が止まった。
「どした・・・」
 のんびりとアキの視線の行き先を追ったサンジの口から煙草が落ちた。
「なんだあいつ。この暑さにもカラスみてェに真っ黒じゃねェか。・・・つぅか、デート・・・かな?あれ。もしかして」
「・・・かもしれないね」
 2人の視線の先、道路を渡った向かいの歩道に黒一色に身を包んだ見慣れた人物の姿があった。短い緑色の髪、耳に揺れる金色のピアス、一見鋭利で威嚇的な目つき。そこまでは普段と変わりない様子のゾロだった。しかし、彼の傍らにはそのたくましい左腕に手を預けて歩く1人の女性の姿があった。長い黒髪、深い色の唇、女らしく彩られた顔、スタイルの良い身体の線を上品にうかがわせるやわらかな布地のツーピース。ゾロの顔を見上げるその女性の表情には強い感情が見えたような気がしてアキは黙って遠ざかる2人を目で追った。
「美人だな~。雰囲気たっぷりに大人っぽいしな~。なんであんなレディがゾロの野郎と・・・・。あいつ、朝から道場だったんじゃなかったっけ?」
「うん、稽古の日だよね」
 ゾロには本業の他に副業があることをアキとサンジは最近になって知った。というよりもゾロの中では用心棒その他の方が副業で、本業は道場の師範代だったのである。ゾロは詳しいことを語ろうとはしなかったが、週に何日か早朝や夜に出かけて行くのがゾロの通常の生活で、行き先はごく小さな道場らしかったが2人はなんだかとても納得するものを感じたのだった。
 嬉しそうに頬を紅潮させてゾロに話しかけていた女性の顔が印象的でアキは小さく息を吐いた。
「ほんと、綺麗な人だったね。・・・でも・・・」
「ああ、あの野郎」
 アキとサンジは顔を見合わせた。
「ゾロのやつ、まるで親の敵をとりに行く時みたいな面してたよな。こういう時ぐらいもっとこう、男の色気みたいなモンを見せられないのかよ」
「・・・色気ねぇ」
 サンジの言葉からアキの心に浮かんだのは無心にヴァイオリンを奏でているゾロの横顔だった。色気というのとはちょっと違うかもしれなかったが、とても心惹かれる表情だと思った。やっぱりサンプル(アキの仕事のためのデータ)を!と思う気持ちとそのまま黙って眺めていたい気持ちの両方が湧き上がってくる顔だった。
(あの人にヴァイオリンを弾いてあげたりするのかな)
 思った瞬間の自分の気持ちをアキは上手く言葉にすることができなかった。見ると、サンジも何だか落ち着かない様子で紙袋を右から左へ持ち直したりしている。
「ちょっと驚いたね」
 アキが囁くとサンジは2度頷いた。
「あ・・・ちょっと紅茶のお店に寄ってもいい?」
 なぜだかどこか慌てたようなアキの言葉に、サンジがまた2度コクコクと頷いた。

 サンジは今頃あの粉を練っているのだろうか。それとももうじっくり寝かせて発酵を待っているだろうか。
 部屋に戻ったアキはなんとなくふらふらとシャワーを浴びた。それから買ってきたばかりの紅茶をアイスティーにして小さなキッチンに立ちながら飲んだ。
(ん・・・)
 張り切ってパンを焼いてくれようというサンジの笑顔を思うと半端に昼食をとる気になれず、箱の底に2枚だけ残っていたクラッカーを引っ張り出した。噛むと歯ごたえが想像と違った。湿気てしまっていた。それならいっそのこと、とクラッカーを手の中で砕いてしまってから、自分が飲んでいるのがスープではなくて紅茶だったことを思い出す。
 調子が狂っている。
 ゾロ・・・を見かけてから。
(変だよね)
 知り合ってからまだたったのひと月だ。サンジと3人、偶然部屋が隣同士だった。それだけだったけれど不思議と小さな縁が繰り返し結ばれた感じで、一緒に過ごす時間を少しばかり重ねた。アキ以外の2人にとっての『少しばかり』。アキには『驚くほどたくさん』・・・それまでの生活を思い起こせば。
 恋人がいることを知らなくてもおかしいことはない。ゾロが自分からそんな話題を持ち出すはずはないしそんな話題を振りたくなる相手でもない。サンジにだっているかもしれない。身も心も預けあえるような人が。アキが知らないだけで。アキにはいないだけで。
(ああ、そっか)
 自分はちょっとだけ悔しいのだとアキは思った。ゾロとサンジと一緒に過ごす時間をアキはとても気に入りはじめていたから、その時間がゾロとサンジの中ではアキと同じほどには価値を持っていないだろうということが寂しかったのだ。
 その時間を持てることを素直に嬉しく思っていればいいだけなのに。
 ヴァイオリンの音色に聞き惚れていられればそれだけでいいのに。弾いているゾロがどこに想いを馳せているのだろうと想像するのはよかったのにそこに具体的な姿が浮かんでくると戸惑ってしまう。
 ただ音を受け取ることができるだけでいいのに。
(わがままなだけだよね、これは)
 アキは手の中の細かなクラッカーの欠片を口いっぱいに含んだ。勢いが良すぎて咽そうになった口を急いで手で抑えた時、ベルが鳴った。
(うわ!)
 バスローブのままで、口の中がいっぱいいっぱいで。
 アキはドアまで足音を立てずに走り、覗き窓に目をあてた。
 ・・・そして無意識に満杯だった口の中味を1度に全部飲み込んだ。音をたてた喉がヒリヒリと痛んだ。
「どうして・・・・」
 思わず呟きながら手が勝手にロックを外す。
 覗き窓の向こうに見えたのは長い黒髪と美しい唇のゾロの恋人の姿だった。
 ゆっくりとドアを引くと女の涼やかな瞳が目に入ってきた。
 無言のまま見つめあう視線がゆっくりと互いの全身をとらえる感覚がアキの背筋を震わせる。アキより背が高いその姿は第一印象そのままにとても女らしい空気をまとっていた。
「突然ごめんなさい。わたしは・・・」
 やわらかな声が甘く耳に響く。アキは我にかえった。
「あ、あの、少し前にゾロと一緒に歩いてらっしゃるのを見ました」
 初対面の挨拶とも思えないストレートな事実そのままの言葉に内心慌てながらアキは髪に手をやり、自分がまだタオルをぐるぐる巻きつけたままであることを思い出した。
「ごめんなさい、すごい格好で。あの・・・ちょっと驚いて」
「ああ・・・やっぱり気がついてたの、あなたたちも」
 そういう女の表情に見えるものはなんだろう。アキはすでに状況の不思議さを忘れてはじめていた。女の顔に浮かんでいるのが切なさのように感じられて気持ちがどんどんそっちを向いていく。
(この人、どうしたんだろう)
 ちょっと前にアキが想像していた『ゾロの恋人』ならば浮かべるはずのないこの表情は。
「ゾロが・・・あなたたちを見た時に一瞬とても優しい顔をしたから・・・。どうしてか来てしまったの。駅で別れてからひとりで」
「え・・・・ゾロの部屋に寄った帰りではなくて?」
 女は目を伏せた。
「ゾロはわたしを部屋に入れたりはしないでしょう。・・・わたしは彼の知り合いの娘、ただそれだけだから」
(ええと・・・)
 アキは口を開きかけ、また閉じた。
 目を上げた女はアキの顔を見て小さく笑った。
「いつもわたしとの会話に困る彼があなたたちのことを少しだけ話してくれたの。初めてな感じでとても気になったわ」
「・・・わたしも・・・多分サンジ君もさっきからあなたのことを気にしてたんです。ああ!あの・・・玄関じゃ・・えっと・・・・中へどうぞというか・・・」
 アキは振り向いて背後の部屋の様子を確認し、ため息とともにドアを大きく引いた。
「こんな部屋なんですが。ごめんなさい」
 女はまさしく絶句した。そして声を出して笑いだした。
「いいえ、わたしこそごめんなさい、突然お邪魔して。・・・何と言うか、おかげで納得できてしまったわ。わたしがゾロにとってとても平凡であることを。少しふっきることができるかもしれない。ありがとう」
 女につられるように薄い笑顔を浮かべながら、アキはまた言葉に詰まった。女はそんなアキにそっと1歩近づいた。
「あなたは・・・どちらかに恋をしてるの?」
 アキは首を大きく横に振った。
「いえ、わたしは恋とかそういうのはもう一生いらないんです!」
 強く飛び出した言葉が空中を走り抜けた。
 女は首を傾げて微笑んだ。
「そう。勿体無い気がしてしまうわね。・・・じゃあ、ごめんなさいね、本当に。風邪をひいてしまうわ」
 軽く会釈して歩きはじめた女の姿はやはりとても美しかった。アキは戸口から顔を出して暫時いろいろを想った。

「確かに色恋沙汰には向いてねぇようだな。どういう格好でボケッと眺めてるんだ」
 よく知っている低い声が聞こえてきてアキは飛び上がった。
「ゾロ!・・・聞いてたの?」
 振り向いたアキの前でゾロは壁にもたれて立っていた。
「まあな」
 短く答えたゾロの片方の眉がわずかに上がった。ガチャリ、とドアのロックが外れる音が響いた。
「・・んとにてめェは何て勿体無いことを・・・・って、お願い、アキちゃん、着替えてくれ。これ以上そこのクソマリモにその姿を見せるのはさらに勿体無さ過ぎる」
 声と漂ってきた煙草の匂いに見るまでもなくその正体を知ったアキは部屋を駆け抜けてバスルームに飛び込んだ。
「ドアを開けたまま行くな」
「おいこら、勝手にズカズカ入るなよ。ちったぁ説明しろ」
「何の説明だ」
「あのレディは何なんだって訊いてんだよ」
「お前に関係あるか?」
「関係ねェけど・・・だったらあんな慣れない光景を見せんなよ」
 少し声を張り上げたサンジはバスルームから出てきたアキを見て頭を掻いた。サンジの動揺振りを見たアキは不思議と安心した気分になり微笑んだ。
「あの・・・ゾロ、何だかよくわからないけどごめんなさい。中途半端に頭を突っ込んじゃった気がする」
 ゾロは一声唸るとソファに座った。
「お前のせいじゃない。あいつは・・・」
 ゾロは一旦言葉を切った。その間にサンジが床に座り、アキはカウンターのスツールに腰掛けた。
「あいつは俺が通ってる道場を開いた人の一人娘だ」
「え・・じゃあ、幼馴染?」
「いや。今の道場は俺がこの街に来てからだからまだ3年だ」
「え、じゃあ、3年間もあのレディを知ってたのかよ・・・おつきあいってやつじゃなく?ただの知り合い?」
「・・・そうだ」
 ゾロのその一言と声音にすべての気持ちが込められている・・・アキはそう思った。サンジは煙草を灰皿に押し付けてねじった。
「・・んとに勿体無ェ」
 呟いたサンジにゾロは答えなかった。
 もしかしたら・・・とアキは思った。ゾロもあの人に惹かれたことがあったのかもしれない。可能性を考えてみたことが。腕に触れる手を許せるくらいに。
「お茶、淹れるね。さっき買ってきたの、おいしかったから」
 アキはケトルを火にかけた。
「あ、俺、ちょっと見て来ねェと。待っててね、アキちゃん!焼きたてをご馳走するから」
 サンジが部屋から飛び出していく。
「忙しい奴だな、相変わらず」
 ゾロの視線がほんの少しやわらかい。
 アキは入れすぎた茶葉をすくった。
「アイスティーにする?」
「いや、熱いままでいい」
 アキはカップを3つ取り出してそのうちの2つに湯を張った。暑い日に熱い紅茶。2杯目はゾロを真似てみることにした。
 慎重に湯を捨ててかわりに熱い紅茶を注ぐと湯気が唇に触れた。目を上げると歩いてくるゾロが見えた。カウンターに座り自然な動作でカップを受け取る顔をアキは静かに見下ろした。
「ゾロは・・・恋をしてる?」
 ゾロは一度カップにつけた口を離した。
「なんだ?突然」
「うん・・・ちょっとね、訊いてみたくなったの。ゾロは誰のことを想いながらヴァイオリンを弾くのかなって」
「くだらねぇな」
 ゾロの唇に笑みが浮かんだ。一口紅茶を飲んでから彼が視線を向けたのは一番近い窓とその向こうだった。
「あれは自分の中のものを消化するために弾いてるだけだ。誰にも聞かせる予定はなかったが、お前とサンジはちょっとタイミングが悪かったな」
 アキの顔に視線を戻したゾロはニヤリと笑った。
「もうひとつの質問だが、自分のことを心配しろよ。俺は気持ちと身体が一緒だと思ってた頃に十分経験済みだ」
「ゾロ・・・今日は言葉が多いね」
 真っ赤になったアキを見てゾロが笑みを深くする。
「ついでにアホコックの心配もしてやれ。ちゃんと1人に絞り込めるようにな」
 これにはアキも笑わずにはいられなかった。女性を見ると舞い上がるサンジの姿はいつもはたで見る分には楽しかった。女性に優しくせずにはいられない姿には何か深いものの存在を思わせられるときもある。サンジにはデート友達の『レディ』がたくさんいるようだったがその中から唯一の相手を決める様子はなかった。相手もサンジにそれを求めることはないようだった。求めているようで求めていない・・・そういう雰囲気がサンジの中からにじみ出ているのかもしれない。アキはそう思っていた。そのひと時の心を埋めて楽しい時間を持つ相手。それだけの。
 ゾロとサンジが誰かに対して本気になったら・・・アキはその時を思った。恐らく2人とも普段とは全く違う姿を見せるのだろう。
 ベルが鳴った。
「噂をすればってやつだな」
 立ち上がって行ったゾロと入れ替わるように足取り軽くステップを踏みながら大皿を抱えたサンジが部屋を斜めに突っ切ってきた。その後ろでゾロがため息をついている。
「焼けたよ~、アキちゃん!このパンはぜひ、このまま何もつけずに食べてみて。紅茶との相性がすごくいいから」
 部屋中に広がる香りを吸い込んだ自分の口の中で涎が湧いてくるのを感じてアキは苦笑した。
「お前、店でパンも焼くのか?」
 ゾロは自分が元いた場所にサンジが座ってしまったのでその隣りに腰掛けた。
「るせェな。これは純粋に俺の趣味なんだよ!てめェはそこで指咥えて見てろ」
 アキが伸ばしかけた手を引っ込めるとサンジは慌てて立ち上がった。
「ああ、アキちゃんはどんどん食べて!こいつのことはほっといていいから。大した興味もないくせにってやつだから」
「・・・旨そうな匂いだけか」
 ゾロが呟くとサンジの耳が一瞬で赤くなった。
「な・・・なに言ってやがる。いつも何にも言わずにバクバク食べてるだけのくせに似合わねェこと言うんじゃねェ!」
「今日のゾロはさっきからちょっといつもと違うんだよね」
 アキが笑うとゾロが頭を掻いた。
「ああ、もう、面倒くせェ・・・・いいから、てめェも食ってみろ。この味がわかるか試してやる」
 アキとゾロの手がまっすぐ素直に伸びるとサンジの口元が緩んだ。
 端に直接歯をあててしまってから行儀が悪かったと気がついたアキはそれでも止められずにそのままやわらかな感触を噛み切った。さくり、と砕ける音とともに口の中に広がる甘さ・・・いや、これは「甘い」のではなくて多分「風味」そのものだ。素材が持つ風味が合わさり溶け込んで醸し出されるとても自然な甘さ。確かに紅茶がとても合う。コーヒーだと多分刺激が強すぎてこの風味を殺してしまう。
 サンジはアキとゾロの顔を見て満足そうに笑った。
「この味はあの6ポンド袋の粉だから出せた味なんだ。勿論他の素材も大切だけど、とにかく主役は小麦粉さ」
 よくわからなかったがサンジが言うのだからそうなのだろう。アキとゾロは同時に思って頷いていた。繊細なバランスと強さ。まるでサンジそのものだ。
「サンジ君はきっとこういう恋をするんだね」
「へ?」
 呟いてしまってから顔を赤くしたアキと目を丸くして口を半分開いたサンジ。ゾロの口から短い音が漏れた。
「覚悟しろ、アホコック。今日はこいつ、恋ってのが勘所みてぇだぞ」
「でも、それはゾロが最初にあの人と・・・」
「そうだぞ、てめェ、他人事みたいにぬかすんじゃねェ。アキちゃんに要らぬ刺激を与えたのはお前だろうが!」
「サンジ君、その言い方はちょっとひっかかる・・・」
「とにかく俺を巻き込むな」
「それはこっちのセリフだよなぁ!アキちゃん」
「あ・・・う・・・」
 いつの間にかアキはいつも通りの傍観者になっていた。三者三様のこのメンバーの中で自然と決まった自分の定位置。それはとても居心地がよかった。
(結局それぞれ不器用なのかな)
 もう年齢的にはとっくに大人の自分たち。経験してきた物事も生きてきた環境も全く違う3人は『恋』に対する不器用さもそれぞれで。でもだからこそ一緒にいるとバランスがとれているのかもしれなかった。
 新しくお湯を沸かして3つのカップに香りを満たすと2人が口を閉じてアキを見上げた。アキが微笑むと苦笑と照れた笑顔が返ってくる。
 夏になったら海を見に行こうと誘ってみようか。
 アキは窓の外の青い空に自分の気持ちを重ねた。

2005.6