剣豪&料理人&隣人

礼奏

 こういう風にこういう場所で。 弾くことを思ってみたことがない訳じゃない。 聴く人間は誰もいなくていい。 距離が離れたどこかの場所でまっすぐに前を見ているあいつに向けて。 多分、自分が送りたいと思う気持ちを言葉よりもうまく出せる。 それだけ…

手を繋いで

サンジは自分の手を眺めていた。上向けた手の平、5本の指、どうやら器用らしい指先。この手は料理人の命であり、これからまだ未知の食材と料理に出会うためにここにある。 そのためだけに。 ふぅっとひとつ、息を吐いた。「サンジ君?」 サンジの隣りで…

夕陽と下り坂

 しかた、ねェよな。 坂の下でサンジは意志の力で動かしてきた足を止めた。 誰のせいとか、何が悪かったとか。そんなものがあるわけでもない。 崇拝する気持ちは少しも変わらない。 大切にしたい気持ちも変わらない。 互いに見せたい自分を見せ合い、互…

木漏れ日の午後

 弓を置いた手を静かに彼を見つめる姿に近づけた。 『恋人』というにはまだ不慣れな間柄。 友人というには割り切れない甘美が存在する。 偶然に縁を深めた隣人どうし、という二人のはじまりが今なお最も違和感がない。 瞳の中に恐怖はないか。 確かめな…

夜はお静かに

「いい月夜だから海でも見てろ。ちょっとマリエさんを送って戻ってくるからよ。それからがまたお楽しみだから」  夜が更けはじめたバラティエ。  散会時の慌しさと名残惜しさの華やぎの中、何となく人の流れに巻き込まれないように離れて立っていたゾロと…

真夏の夢

 携帯電話を耳にあてたサンジの身体が瞬間的にこわばった。 見知らぬ男の声がボツリと言葉を吐いた。「『アホコック』か?」 ただ単に当たり前のことを確認するように。 しかもその声の主が使っているのはゾロの携帯電話のはずで。 いや、そんなことより…

洋酒

 ・・・・・ 等速直線運動 ヴィエナ・マッセ 扇風機 狐火 ビスキュイ 犬 ぬんちゃく クレープシュゼット「『と』・・・・・?」 ゾロは思わず頭を掻き毟った。右手に持っていたグラスをテーブルに置くと左手の中の携帯電話を持ち直し、眉間に皺を寄…

青い薔薇

a blue rose青い薔薇花開く時、それは明るい陽光の元よりもむしろ月の光の下の方が似合うかもしれない。香りは最初は控えめに感じられるが次第に嗅覚に忍び込んで占領し、人の心を魅惑してやまないだろう。糸車のつむに指を刺された姫が眠りに落ち…

手品師

「それだけあんたがなりきってたってことなんだから、逆に喜んでみることにしたらいいんじゃねぇ?」 慰める風を装って実は面白がっているような、あるいはその反対のようなエースの声にもアキの顔には疲労感だけがあった。「名刺、何枚もらった?」「・・…

メトロノーム

カチ、カチと繰り返される音は思ったよりも柔らかく、左右に振れる金色の振り子のゆっくりとした動きはいつまででも見ていられそうな錯覚を生む。巻いたぜんまいが緩み終わるまでの一刻。 部屋の雰囲気もこの錯覚に一役買っている。アキは立ち膝で肘をのせ…

6ポンド

 明々とした黄色い地に風にそよぐ黄金色の穂が描かれたその袋はとても目立っていた。(ふわ・・・・・・・) アキは壁際に並んだ3段の長々と水平な棚を先ず上から順番に眺め、次に右から左へ眺めた。袋、袋、それから袋。1種類につき数袋ずつ並べられた袋…

砂時計

 ゆで卵。最も簡単な卵料理。うまく半熟にすると楽しみ方が増える。 アキはソファベッドの上で身を起こして大きく腕を伸ばした。。 どんな夢だったかは忘れたがゆで卵を食べたいという気持ちだけは覚えていた。アキはぼんやりとした頭のまま裸足でキッチン…